第23号2003/06/10


本屋で見つけた本(7) シンプルな生活から生まれてくるもの
『少ないモノでゆたかに暮らす』
(乙益 由美子)


 徳島にやって来た。山口では緑に囲まれて暮らしていたけれど、ここでは吉野川と海に挟まれて青がいっぱい。大きな風が吹く。
 引越の荷物を整理していたら、はっとするタイトルの本を見つけた。『少ないモノでゆたかに暮らす』。どうして買ったのか少しも憶えていない。けれど、今なら、新鮮な気持ちでこの本を読めるような気がした。読書より片付けでしょ、といわれそうだけれど、読み返してみてよかった。実用書の体裁なのになんだか夢が滲んで見えた。
 
 著者の大原照子(おおはら・しょうこ)さんは、料理研究家として有名な人物。『1つのボウルでできるお菓子』をご存じの方も多いかもしれない。100冊以上の著書がある、と紹介されていたので、もしやと思って、料理の本棚を見たら、ありました。『10分でできる朝ごはん』(文化出版局刊)。気がつかないにうちに、もう一冊持っていたなんて、こんなこともあるんですね。
 その大原さんが43歳のとき、それまでの料理の仕事を止めて、初めてイギリスに語学留学に出発した。そこからこの一冊が始まった。荷物をスーツケース1個にまとめて、身軽で自由になった、勇敢な女性の姿は、この本の最後まで姿勢を崩すことはない。

 留学中に体験した「人生最高の旅」は、1ヶ月のキャンプ生活だった。「方向としてはスコットランドへ向かい、八月の末に戻る」とだけ決めて、計3人は各々トランク1個だけの荷物を持って車一台に乗り込んだ。つい最近その地方の景色をテレビで見たけれど、それはすばらしく美しい風景の中の旅だったと思う。一人は詩を書き、一人はギターを弾き、大原さんはスケッチにいそしむ。1976年当時、日本にいて、40代の女性が、体験できる旅ではなかったと思う。
 この体験から、著者は、この本の核心となる発見をする。「キャンプこそ、これ以上省略できない簡素な生活の原点」。この人のすごいところは、日本へ戻っても、そのキャンプで体験したシンプルな世界へ続く、生活の手だてを現実的に考え、行動するところにある。ダイナミックな人なのだ。
 帰国しても料理の仕事は続き、10年後に再びイギリスへ渡る。料理研究家から、現在の「英国骨董おおはら」ショップの経営者として、人生の方向を変えていくために、その後も何度かイギリスへ渡り、アンティークについて学ぶ。そしてたくさんのモノを整理したのだった。東京にいても、シンプルなキャンプ生活のような暮らしをするために、月日も努力も周到に重ねられたのだった。

 以前読んだときに、最低必要限度の、衣・食・住に関するリストを、少しうっとおしく感じたことが読みながら思い出された。しかし、今回、引越の荷物を背中に感じながら、このリストが何のためのものかということをつくづく考えさせられた。高齢化する世の中の一定の層の人たちに役立つために書かれたようにも見える。けれど、実は、シンプルな空間は、いろんな人を受け入れ、しかも同時にその場を設定した人物の明確な自己表現する場でもある。シンプルな料理を、一緒に食べる人たちとの会話がおいしいことに、ゆたかさがある。シンプルな暮らしは、ゆたかな何モノカを育む場所であることを、モノを通して、読者に語りかけている、そういう本なのだ。

 友達を呼んで、お話しながらの食事もいいものですよ。そう言われて、ぽんと背中を押された感じ。ついでに付録のレシピの中の豆カレーをつくってみた。徳島で、シンプルな暮らしというものを始めてみようかな、と思いながら。――おいしい。そう感じると、なんとかやっていけそうな気がするから、おもしろい。

少ないモノでゆたかに暮らす

『少ないモノでゆたかに暮らす―ゆったりシンプルライフのすすめ』
大原照子著  大和書房 1400円


〈おとます ゆみこ・4月から徳島市在住・1957年生まれ・
主婦・著書に詩集2冊・ようやく3冊目の詩集をまとめる気持ちになりました。読書は,謎をもらう場所。それがある日,生活の中で解けることがあります。スローワールドを持つ暮らしです。〉

編集後記

 京都への引越は、イラク戦争の最中だった。荷物が一応おさまった3日目から豆を売り始めた、じっとしてはいられないという気持ちで。私の中では豆料理を普及することイコール反文化一元主義(反ハンバーガー文化)で、しいては反米なのでした。
 半径500m以内の世界は平和。この町は見るからに元気なおばあちゃんたちがいっぱい。アメリカ的消費文化もこの下町の路地からは拒まれ、コンビニがないので夜は暗く静かになる。
 一方、新聞で読む世界は悪い夢みたい。狂信的なアメリカのイラク侵略に対して、ヨーロッパの首脳たちがNoと述べる中、その戦争にYesと言ったわたしたちの総理大臣の支持率は下がらなかった。あの戦争にYesと言った人たちに、どんな夢を見ているのか聞いてみたい。私は夜暗くなる町で豆と野菜を食べて暮らしていければ、概ねそれで十分なのだけど。(千晶) 


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