第3号:1998/03/10


電動車椅子生活者ヤンマーから見た世間(2)

春なのに(ヤンマー)


  早いもので、あれから3ヶ月がたちました。その後、沖縄の名護では住民投票が行われ、反対派が勝ったのも束の間、何をかん違いしたのか名護市長は、突然の辞任。2月8日に行われた市長選では、基地推進派があたかも勝ったかのような報道をたれ流しているようです。かたや「平和の祭典」長野オリンピックで盛り上がっている一方、アメリカはまた、イラクへ空爆を再開しようとしています。もしもそうなれば、新ガイドラインに基づいて、日本は確実にアメリカの後方支援をする訳で、全く腹立たしい世情です。
  
  お久しぶりです。ヤンマーこと山田可人でございます。今回は冒頭から、けっこうかたいことを書いていますが、実はこんな話をするのもちゃんとした理由があるわけで、あれは今をトキめく「14歳」の頃、僕のオヤジの義理の兄貴(ということはおじです)が朝鮮戦争でケガをし、そのまま障害者となってしまって、家庭も崩壊し、さみしい最期を遂げた、という話を祖母からトクトクと聞かされたこともあって、たとえ理由は何であれ、戦争はイヤだ!という思いが半ば条件反射的に起こってしまうんですよ(ちょっとかたよってるかもね)。
  だけど簡単な話。例えば、イラクのバグダットに空爆があって、たくさんの人が死んだり、ケガしたりするわけでしょ。そりゃあイラクにも問題はあるかもしれない。けどやっぱり一方的に戦闘をしかけて、何の関係もない、民間の人たちまでも巻き込んでしまう今のアメリカのやり方には、いかがなものかと思うんですよ。まあ、こんなことは日常生活には、何も関係ないし、一生懸命仕事して、いい物食べて、それでいいじゃん、と言われたら、それっきりなんですけど。

  さて、僕から見た世間は、けっこうおもしろい事も多いけれど、それと同じように危険なことも多々あるわけで、例えば駅の階段。あれほどこわい所はない。それから歩道と車道との間にある段差ですけど、あそこ一段ふみはずしたら、車にひかれてペチャンコだよね。前回でも書いたけれど、僕たちのような者が楽しく胸はって生きていける場所が欲しいと思って、今日まで生きてきました。確かに、僕らを取り巻く環境も20年前くらいに比べれば、よくはなってきてるんです。山口県にも、97年の10月から「福祉の町づくり条例」というのが施行されました。だけどその一方では、岩国基地の問題や上関原発の問題などもあり、福祉制度には、相変わらず予算がまわってこないんです。例えば2月10日だったか、山口市の高齢障害課に「もう少し介護の問題を山口の自治体でフォローできませんかねえ」と交渉に行ったのですが、お役人さん曰く、「こんな人口の少ないまちで、そこまでカバーできる予算があるわけねえだろうが」というかんじでして。

  結局、お金の面でも、人の心の面でも、ゆとりがなくなって、それが僕らのような者をはじめ、高齢者やひいては子供たちまでなんか生きにくい世間になってしまっているのかなあ。春なのに、あんまり暗い話は書きたくないけれど、思わず溜息をつくヤンマーでございます。
  まあ今回は最近の世情についてあれこれ書いてみましたが、やはり最後は自分たちが、どう思って、どうできるかを考えて行動するしかないでしょう。僕はこうして、あちこちで文章を書きながら訴えていくのかな。でも、そんなに肩に力を入れるわけでもなく、障害者に生まれてきてよかったとあくびをしながら思ってますけど。


リレーエッセイ共生(1)

家をシェアする(ゆら)


 
 家族以外の人びとと一緒に住むようになって数年になる。
 友人と、同居すると決めてから家を探したこともあるし、新聞広告を見て空き室へ、と同時にそれまで会ったこともなかった人々の渦の中へ飛びこんだこともある。同居を始めてからの経過もさまざまだ。そのときそのときの体温や波長や、一緒に住むその家にたいする好き嫌いなどでお互いへの心地良さの具合は決まってくるようだ。そしてある時、たとえば家の賃貸契約が切れたとき、あるいはただ「その時」がきた時、同居という関係は終わる。その後があることもないこともある。ちょっとぜいたくなケーキを絶対に食べたいというときに会うことに(いつのまにか)なっている元同居仲間もいる。私自身の日々の選択や行いの中に、その人と同居していたとき知らぬ間に交わしていた隠れた約束の存在に気づく、もう会うことのない生涯の道連れもいる。

 共生は歴史だ。いさかいや行きちがいがあり、それらがゆるめられていく続編があり、息をのむような鮮烈な瞬間があり、それが日常の現実として根をはってゆく季節がある。

 経済や生まれついた条件などの必要にせまられて選択されることの多い同居というライフスタイルだけれども、次善の策でしかないとは決して思わない。今、私は、複数の世帯が自立性を保ちながら、同時に誰かの幸せが自分の幸せと感じられるようなコミュニティづくりを夢見る二人の友人と住んでいる。暮らしのあれこれについてやこころの話のかたちをとりながら、この夢は細やかに語られる。それ以外には言葉にした契約のようなものなどないまま、私たちのあいだでコミュニティづくりが実はすでに始まっていることが目を合わすたびに確かめられる。 



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