ブラジルからの手紙 2 [2005/06]
| 豆料理クラブの皆様、千晶さん、ムーさんへ 日本を離れている間にすごい!豆料理クラブのパワーをMLから感じました。千晶さん、山口で(イタリアの)服を売られていたのは「モノ」ではなく今の日本に欠けている「個人の意思表示」、時に「感情表現」だったのでは・・・それが京都へ引っ越して日本の新しい文化として発信、変容したのではと思いました。(←イタリア系の人々とつきあってつくづくそう感じました) こないだ電話で伝えたように、ここブラジル・フロリアノポリスはアルゼンチンの移民が多く、血筋がイタリア、スペインといったラテン系の人です。毎日が驚きの連続、そして学びの日々。みんなお金がなくてその日暮らしだけど、何だか楽しそう。見てるとそれは貧しくても自分らしい生き方を求めて、それにあった仕事をしているからだと思います。・・・そんなことをここで感じていたら、地球の反対側で千晶さんがMLにお仕事のことを書いていてびっくりしました。どんなに離れていても人間はどこかでつながっている。 そしてここの生活が成り立っているのはお互いのコミュニケーションと助け合いのおかげ。もう一つ、自分の要求はハッキリ表現しているということ。 A:「今日、アルマサオンへ買い物に行かない?」 B:「本当?ちょうど野菜の買い出しを考えてたところ・・・カローナ(ヒッチハイク)してもいい?」 A:「うん、でもガソリンが切れそうなの、ガソリン代シェアしてくれると助かるんだけど」 日本だったら、何かお礼をしなくちゃと考えるあまり、他人とかかわるより自分のことは1人でした方が気楽と考えるかもしれない。 でもここの人は何かするのに、必ずまわりの人たちを誘ってから計画をオーガナイズする。それで時間のロスがあっても知ったこっちゃない。その瞬間を楽しく生きていることに情熱を傾け(過ぎ?)てる気がする。夜中おそくまでのパーティーや何時間も平気でカローナを待ち続けるのにはうんざりだけれど、このラテン気質には日本人が学ぶべき要素がけっこうある。(逆にラテン系の人々は日本人の働きぶりを学びたいともいう) 『らくてん通信』を赤ん坊が眠っている間に少しずつ読んで「日本の社会はどうなっちゃうんだろう」と悲しくなりました。ずーっと情報の入ってこないブラジルの島で日本が恋しいと思う一方、生きた感じがしない、冷たい人たちの中で自分のやりたいこと――全力で生き抜くことの難しさを思い出しました。 マスコミがつくりあげる情報の渦やコンピューターに管理されつくされている社会で、体の心地よさを頼りに生きることは、戦いのような気分がします。 ここの生活は朝から釣り竿を持ったオジサンたちが(プロではない)うれしそうに浜辺へくりだして行く。お金がこの時期みーんななくて(カーニバルで使い果たしちゃった)、家で竹を切って柵をつくったり、週末のフェイラで売るための手工芸品をせっせとこしらえたりしている。物々交換もしょっちゅうだし、お金の貸し借りもよくあること。天気がいい日には皆がビーチを散歩してお互いの様子を話したり。体の感覚の共有が自然の中から生まれている。何か日本では大それたことのような気がしていたけど、ここではそれが当たり前なのかもしれない。 東京で、整体の稽古会に何年も通い続けてるのはすごく特殊に感じる時がある。ここにいるとビーチで後ろ向きに走り出したくなったり遊びの中で体の感覚をみつめる時間が誰でもあるのに、東京で働き続けてると稽古会が大人の遊ぶ時間のような気がして・・・それ以上の活動に結びつきにくいでしょう?稽古が逃げ場・癒しになってる人がいっぱいいる。 今月でフロリアノポリスでの生活をひとまず終えて6/13にフランスへ行きます。ここでは共同生活をしたい人々、場所もあるけど、今私たちが赤ん坊連れですぐ仕事を始められる状況ではないので・・・ 彼はフランスで働きながら自分の所の共同体作りを目指す考えでいて、私も(毎日争いがたえないけど)どんなところか知りたいのでそこで子育てしようと思います。いろんな人を受け入れたり皆で活動する場ができるといいなあと思ってます。 でも私も日本に帰った時、自分のやりたいことができる仲間と共同体がつくりたい。そういう気持ちが日々強くなっています。野菜を育てたり、仕事を生み出したり。 フェアトレードで思ったんだけれども、日本から外へのフェアトレードはないものだろうか?こっちの人たちは日本の古き良き文化に大変興味を持っている。日本で廃れきる前に、ゴミとして捨てられてしまう着物の古着や民芸品(こっちのこけし展示会は大好評でしたよ!)を海外で欲しい人に届けるとか。確かブラジルは大豆の生産が世界一、二なんだけども、ブラジルの人相手に日本の豆料理を紹介したい。 赤ん坊といるとそれだけで一日があっという間に過ぎてしまうけれど、少しでも自分の進みたい道を探りたいと思っています。 日本社会の集団意識に流されないように、個人個人が言いたいこと、やりたいことができるようになるためには、それを認め合う人たちのネットワークがもっともっと広がって欲しいし、私も早く活動を起こしたい。(中略) 赤ん坊・麻実香は重くて重くて乳母車がないと外出は苦しいです。でもすごく丈夫であちこち出かけてます。すごーく良く食べます。前におしめのはずし方のことMLにありましたよね。こっちで見つけた方法をまとめて書いて送ろうと思います。 |
ブラジルからの手紙 1 [2005/02]
| カナダからブラジルへ向かう飛行機の中で送って下さった通信、MLなどなど読みました。豆料理クラブが始まって2年たち、スタートしたころには理解されないのでは、過激なのではとちゅうちょするような(例えば肉食が地球をほろぼすとか)スローライフの提案の数々が定着し、会員が同じよう思いを活溌に言いあえる集まりになったことに感動しました。 これは日本、とくに東京のような有機的な人間関係がうすい地域では最も深刻な問題の一つではないかと思います。東京をはなれて3ヶ月半たち、自分の気持ちを他に発することが困難な東京の異常さは海外からも注目を集めていることを知りました。 アメリカ中心の商業主義政策の中に、いかに個人個人を孤立させ、それによって消費をあおり、マスコミ中心の一方的な情報のコントロールを重要なポイントとしてあげているそうですが、日本特に東京では、これが大成功してしまっているのではないでしょうか。 少なくとも長くいたカナダではモントリオールやケベックのダウンタウンの都会っ子たちは、よくいう京都人のように(本当は京都の人はそうでないと思うけど)おいでやすといいながら家によばないところがあったけど、いろんな考えをもった人たちがそれぞれ言いたいことをいえる雰囲気がありました。おそらく移民が多くて様々な文化や価値観を持っているから、他人にそれほど干渉しないけど互いの自由は認め合っているのでしょう。 彼らがメディアを通じて日本のひきこもりのことについてきいてきた時、どうしてそうなってしまうのか理解しにくいし、ひきこもり自体が想像できないと話してました。 日本ではいつも同じでないと不特定多数のとくめい人物からの圧力がかけられてしまう。お互いが無言でしばりあっている、そんな気がしました。お互いが孤立してるくせにしばりあっている東京の情報過剰社会では「ひきこもり」してる人だけでなくふつうのくらしをしている人たちが多かれ少なかれ引きこもっている。 【日本(東京)の状況・私のイメージ】 [政府] (情報) [個人] ↓↑(お金のつながり) * [マスコミ] (情報) [個人] ↓↑(お金のつながり) * [コマーシャルのイメージ] [個人] *=同じ(でないといけない)という意識感覚。日本はこれが強すぎる 政府が日本は単一民族という裏には、こういう常にまわりと同等のくらしをマスコミやCMのイメージによってうえつけることで消費を拡大させ、より効率よく税金をすい上げコントロールしようというねらいが感じられます。(だからこそ難民や外国人労働者をうけいれたくないのでは?) ところが豆料理クラブの集まりはこの切り離されてしまったかに見える個人個人をより有機的な情報を通して、さらに生きていくうえでの本質的なことについて活溌に意見交換しながらネットワークが広がってきていると思うんです。 参加者の多くがこれをのぞんでいたのではないでしょうか。これが浸透するといつか上の図の状況がひっくり返ると思うんです。 [個人] 生産者や別のネットワーク / \ [個人] [個人] 新しい文化・社会 \ / [個人] 11月9日 ブラジルのエコビレッジにすみはじめて1週間たちます。 アルゼンチンからきた女の子と家をシェアしているのですが、毎日が気づきの連続です。ブラジルの社会は(ちょうど地球の反対側にあるように)日本とさかさまなところがたくさんあります。 あいさつはおたがい抱き合いキスしあうし、すれちがう見知らぬ人でも何かしら声をかけます。子供も社会を反映してか、すぐに「アミーゴ!」と言葉が通じなくても一緒に遊びだすのでどこでもにぎやかです。 ブラジルもいろんな人種がごっちゃになっているので1人1人がいろんな価値観をもち、それを尊重しています。そして国民の9割以上が何かしら宗教を信仰しているそうですが、自分の宗教以外の教えにも興味をもちます。クリスチャンだけど法華経をとなえながら子供を産み「ミョーレン」と名づけた人や、ハーレクリシュナ、ヤマギシズム、フィンドホーン共同体、タオイズム、白光会(世界人類が平和でありますように)等々と深くかかわっている人たちが交流を深め、新たなグループを生んでいるのもおもしろい点です。 もう一つ日本と異なるのは日系人の伝統を重んじる点です。サンパウロには大きな日本人街があり、ラーメン、たこ焼き、もち、弁当といった食べ物から日本語の本、たたみ、げた、着物と日本のものが日本語で買えます。しょうゆ、しいたけ、みそなどはブラジル産、たたみやげた、竹細工もこっちで加工しています。日本語をほとんど話せない人でも合気道の練習に励んだり、折紙や生花に参加するほか行事のあるときはきちんと着物をきます。 そして家族の絆が深いのも特徴としてあげられます。ティーンエイジャーでも家族とあちこち出かけたり恋人同士が家族を呼んだり。出会った人がすぐ友だちになってしまうせいか、親子の壁がなくつきあえるのもおもしろいところ。 ただ人づきあいに時間を多く費やすので待ち合わせや予定にルーズです。いつも何が起きるかわからない、ライブ感覚がとなりあわせの連続、外出したらいつ帰れるのかわからない、道路が渋滞して朝まで車内で眠ったり、ヒッチハイクした車がエンストしたり。 12月6日 お金についても正反対。日本人は保険や貯蓄に費やして明日を心配するのに対し、ブラジル人はほしいと思うものをスパッと(分割払いで)買ってしまい、毎月の返済に追われています。 正反対の場所と環境にいながらなぜか自分の家に帰ったようないごこちでいます。毎日いろんなことがありますが波乗りをしているような、瞬間をだいじにしている暮らし方が楽しいです。 |
ケベック便り 3 レインボーギャザリング [2004/11]
| マニウォーキーの集会からさらに北部へ移動し、レインボーギャザリングに参加した。これは先住民族のレインボーウォリアーズの思想が元になった集いで、商業主義に反対し、物々交換をしたり、必要なものは分かち合い、自然の中で作り出すキャンプだ。 毎年世界各国であり、今年はケベックとカリフォルニアで開かれた。直前まで開催地が決まらず、地元の人ですらわからない、地図にも載ってないような人里はなれた山奥のため、参加者は多いときで4−500人程度。これに対し、カリフォルニアは2万人で、そちらの集会が終わってから車でケベックにやってきた人もいた。 最も紹介したいのが毎日の食事。食事の準備が整うとフードサークル!! と呼ばれ、みんなで焚き火を囲み、輪になって手をつなぐ。そしてレインボーの歌を歌ってからオームを唱え、大地に感謝の祈りを捧げる。フランスの集会では取り締まりに訪れた警察官がこれを見て涙ぐみ、「すばらしい集いだ。彼らは正しい生き方をしている。」と語ったそうだが、日本ではどうだろうか・・・。 食事はボランティアの人たちによって作られ、配られる。食事が終わるとマジックハットという帽子に思い思いのお金を入れる。理想は商品を持ち込まないことだが、このお金で次回の食料を調達する。 キャンプで何百人もの食事を作るのは大変なことだ。最寄の店は50km以上も離れているので肉はおろか、新鮮な野菜すら時には手に入れるのが難しい。そんな状況もあってか、すべては賄えないが、自分たちの畑で取れた野菜を収穫したり、キャンプ中もやしを育てたり、いろんな穀物を植えていた。 こういうわけでレインボーの食事は毎日が豆料理。豆料理クラブの通信に載ってたが作ったことのなかったアイテムを含め、レシピの半分は食べただろうか。世界各国からの旅行者が腕を振るう。毎週金曜日には本場イスラエルの人が作ったハモスとババガヌーシ、豆コロッケ、ピタパン(500人分のピタを作るのに日が暮れた!)。時には水戻しの豆の分量を間違え、3回連続チリビーンズだったり。ゆでたレンズ豆とドライレーズンの入った野菜サラダはポテトサラダのような食感でおすすめ。毎日何かしらの豆を使ったスープが冷えた体を温めてくれる。緑豆のもやしはあらゆる料理に登場する定番アイテム。ほかにもレンズ豆、そばの実など雑穀のもやしも頻繁に使われ、オートミールやサラダ、スープに加えられていた。 ベイキングも楽しみの一つ。野外でオーブンを建て、野菜や豆を使ったパンやクッキーが焼かれた。ズッキーニのパウンドケーキやココナッツと亜麻のガレットといった変わった組み合わせも。 子供用の食事でも豆は上手に調理されていたので子供たちが何度もお替りしていた。人気はヒヨコ豆の入ったジプシースープやキノアとパスタを一緒にゆでたナポリタン。豆が中心になると重くなるが、いろんな野菜を同時に煮込んであって食べやすい。キノアは子供に大好評で、トマトやポテトと一緒に煮込んだり、スープに混ぜたり大活躍。前の日に残った豆や野菜の煮込みは翌日つぶしてパテを作り、ゴマや亜麻、トウモロコシ粉をまぶして油で揚げる。 台所で手伝いをすると各国の人と仲良くなるだけでなく、びっくりするようなレシピや技に出会える。子連れのお母さんたちは皆口をそろえて「キャンプ中、子供たちが恐ろしくよく食べる!」と笑っていた。テレビやポテトチップから切り離された世界で、毎日外で飛び跳ねているからか、普段食べつけなかった豆料理でもがつがつ食べてはパタンと寝てしまう。小さな赤ちゃんでもおいしそうに食べていた。 食事のときマイ・カップとフォークを持参するのだが、いろんな人がココナッツの器と箸を持っていた。キャンプ用のアルミカップでは食物が冷えてしまうし、プラスチックはあまり使いたくない。楽天堂で売っていた、あのココナッツの入れ物が、軽くてキャンプには絶対お勧めだ。これ一つでスープもコーヒーも飲めるし、ココナッツのお皿もあれば数品目同時に受け取れて完璧。秋のお祭りシーズンや冬のパーティーなど外出先に持ち歩けば、ごみも減らせるし、お呼ばれ先で後片付けも楽になるだろう。 毎日様々なワークショップが開かれ、バクテリアを使った石鹸作りやエコビレッジの情報交換、マヤ暦、ダンス、ヨガ、ドリームキャッチャー作り、瞑想、数え上げたらきりがないほど、スローライフに役立つような情報がいっぱいだ。 こう書くといいこと尽くめのように思えるが、参加者の多くがマリファナ喫煙者で、中にはLSDなどを持ち込む者もいて、何もせず幻想を見ているようにも感じた。インディアンのシャーマンがスウェットロッジを建て、参加者を募ったところ、マリファナを吸っていない者があまりに少ないことを嘆いていた。ドラッグを用いるとへそのチャクラが滞り、夢を見なくなることから、彼の手法は一切のドラッグを用いない。彼はドラッグの危険性を伝えるワークショップの必要性を感じ、対話を試みたが、やってくる人は耳を貸さなかったのが残念だった。 シャーマンによれば自分の中にある子供の部分をきれいにしておくことがエネルギーを得る上で重要だが、ドラッグを用いると滞ってしまうそうだ。これではせっかくのすばらしいアイディアも実行に結びつかずに議論だけで終わってしまう。ドラッグから立ち直った人たちを中心に本当の意味の精神的豊かさをどうしたら得られるのか、体験談が語られた。西洋社会の根強い薬物依存体質を乗り越えてこそ、レインボーウォーリアーズの世界観が達成できるだろう。 |
ケベック便り 2 先住民族の女たち [2004/11]
| 8月にケベック州のマニウォーキーでアメリカ大陸各地から先住民族による平和の祈りの集いがあった。この町にはカナダで一番大きなネイティブ・カナディアンの居住区域がある。アメリカ大陸各地に点在する先住民族ネットワークの総代表を務めるウイリアム・コマンダー氏(90)の邸宅周辺はこの時期世界中から集会に訪れる人々のテントでキャンプ村のようになる。 ここへ向かうときヒッチハイクをしていたら「集会に行くんでしょ。乗っていきなさい」と、おばさんが停まってくれた。娘さんがウイリアム氏の孫と結婚して隣の家に住んでいるという。フロウという名のこのおばさんは女手ひとつで子供7人を育てて大学へやった肝っ玉母ちゃん。先住民族のセキュレタリーオフィスで働いているものの、子供が小さいうちはモカシンの靴やビーズの首飾りなどインディアン・クラフトを内職したりいくつも仕事を抱え大変な生活を送っていたそうだ。今では11人の孫の顔を見に出かけるのに忙しそう。そんな彼女だから子連れがヒッチハイクしているのに仰天したそうで、家にまで案内してくれ、キャンプに必要な水入れや山で採れたベリーで作ったソース、子供のおもちゃ、果ては旅行にと裁縫道具までプレゼントしてくれた。集会の間彼女は娘さんと一緒に屋台を出し、ネイティブの暖かいムース・スープや揚げパンなどを安価でふるまってくれた。朝晩の冷えこみが厳しい場所でのキャンプには何よりもありがたい。 今年のテーマは自然との調和で、集会には中南米からも多くの人たちが参加、女性のシャーマンによる講話や儀式も行われた。 集会前日に行われたウォーターセレモニーは女性のみで湖に出かけ、水の浄化方法が伝えられた。南米から来た初老の女シャーマンが日本の「水からの伝言」の写真を引用し、汚れた水でも人間の感謝の言葉で水の結晶が美しく変わることを伝えた。「この湖の水も撮影してもらいましたが、浄化の歌を歌うとすばらしい6角形の結晶に変化します。不思議なことに先端部がメープルリーフのようになりました。カナダの水の特徴でしょうか。」 彼女は日々の生活の中で水に感謝の気持ちを捧げることの重要性を訴えた。「私たちの体はほとんど水でできています。水なしでは生きていけません。外の水が汚れているということは私たち命が脅かされていることにほかなりません。女性は命を育む役割を担っています。ですから日々水に祈ることが大切です。重要な原理はとっても単純なことなのです。競争や争いよりも調和や共生を求める女性たちにこのことを広めてください。」 みんなで2本の小枝でリズムをとりながらインディアンの言葉による水を称える歌を歌った。水に囁きかけるような、静かな歌。儀式の後、台所に立つとき、洗濯の合間や水を飲むときにありがとうを忘れないように気をつけるようになった。 メキシコ出身のマルガリータというおばあちゃんシャーマンは300人ほどの聴衆を前に女性が大地に与える影響を忘れてしまったことを話した。「私が若いころ、女シャーマンたちから習ったことは月経の血を大地に戻すということ。南米の先住民族はみなそうしていました。」通訳の若い女性が布ナプキンを洗った真っ赤な水を大きなガラスの器に注いだ。彼女は何とその赤い水を聴衆の前で掲げ、「この水をこうやって畑に返すとき、植物たちは大喜びで歌い踊ります(と彼女は腰をくねらせて踊り、聴衆がどっと笑う)。とうもろこしたちは大きく育ち、私たちは再び自然から恵みを受け取るのです。こうして私と主人の間に7人の子供たちが生まれ、皆とうもろこしを食べ、元気に育ちました。私の子供たちは月経を汚いと思いません。大きくなった息子は血を見ると、「母さん、生んでくれてありがとう」というのです。」 「ところが今ではどうでしょう。多くの女性が紙ナプキンを使い、大切な血をゴミ箱に捨てているのです。女性は大地と切り離されてしまい、環境は悪くなるばかり。社会では女性の血が汚いものとして目にふれないようにしている。この血が赤ん坊を育み、大地の多くの命と人間をつなぐ尊いものなのに・・・今日からあなたの血をゴミ箱に捨てないでください!! 女の大事な役割です。」 この後、聴衆から意見が寄せられた。ギアナ高地から来た女性は器を持ち、「以前キャンプ中、急に生理になり、紙ナプキンの持ち合わせがなかったことがきっかけでハンドタオルを洗って使うようになりましたが、回りの友人にはとても打ち明けられませんでした。マルガリータの話で勇気付けられました。」と話した。すべての女性から共感の拍手が寄せられた。参加者に布ナプキンを使う女性が結構いたものの、多くは洗った水を人目につかないよう汚水として捨てていたが、これからは地面に返そうと誓った。 マルガリータの話をスペイン語から英語とフランス語に通訳し、自らの経血を器に入れて聴衆の前に差し出した女性は感動して泣きながら感謝の言葉を述べた。話を聞いていた男性も立ち上がり、器を手にして「この血がなければ私たちは生まれてこれなかった。偉大なる母に感謝の気持ちを捧げます。」と理解を示した。 自然との共生が求められている中で、忘れられていた女性の役目を通して自然とのつながりを取り戻そうという先住民族たちの声にたくましさと感銘を受けた。 |
ケベック便り 1 ウーフ体験記 [2004/10]
| 編者注:シリーズ豆日記の筆者・楽天堂のボランティアスタッフ佐藤浩子は、旅の途中、夏にカナダのケベックに滞在しました。その体験記を掲載します。 ハプニングによってWWOOF(ウーフ)することになった。ウーフとは基本的にお金のやり取りではなく、ウーファーを希望する人が労働力を提供する代わりに農園で食事と宿泊場所が無料で得られる登録制のシステム。旅行者がお金をかけずに地方をまわったり、若者が田舎の暮らしを体験するいい機会だが、ここでまさか自分が粘土団子を伝えようとは・・・。 モントリオールからバスで南へ2−3時間ほどのところにミシェル氏の農園がある。ここからは車で1時間もせずにアメリカに着いてしまうが、テロ後の入国管理が非常に厳しい。とはいえ、週末にはアメリカから多くの若者がバイクでツーリングしにこちらへやってくる。 彼はウーフの紹介欄に福岡正信の自然農法とインドのある哲学者のヨガの実践をあげていた。毎日一緒にヨガをさせられるのではないか、あまり厳しいところだったらどうしようと期待と不安が混じる。 最寄のバス停で下りると迎えの車が待ち構えていてすぐに農園へ向かった。途中は見渡す限りのトウモロコシ畑か広大な牧場。が、30分ほどで到着した彼の農園だけ草ぼうぼうの、よそとは違った雰囲気・・・。 ミシェル氏は72歳になるフランス人で、15エーカーもの土地で農業を営む。ヤギを飼ってチーズを作ったり、畑で取れた野菜を週に一度野菜セットを70人ほどの消費者に提供する。昼間近所の少年に小遣いを渡し、畑の手入れをさせているが、正直行って真面目にやっていない。広すぎて手入れが行き届かずほったらかしになったり、忘れられて雑草に覆われてしまったり・・・。周りの農家からは畑をきちんとやってない変わり者爺さん扱いされているようだった。 それでもわずかながら彼を支える人々と出会った。ジョゼは50過ぎなのにバービー人形のような体格と服装で畑にやってきて、毎日欠かさず朝早くからヤギの乳搾りや草むしり、苗床を作ったりしている。最近日本で流行ってきた臍出し、肩出しのセクシーな格好はカナダでは子供からおばあちゃんまで割りと普通だ。見せるためというより短い夏の間に日差しをいっぱい浴びたいからなのかもしれない。他方ご主人は典型的レスラーのような横に太い体型で、子供の送り迎えや奥さんにサンドイッチを届けたりマメな感じ。高校生の息子も夏休みの間毎日畑を手伝ってくれる仲良し一家。いつか自分たちの畑を持つのが彼らの夢だ。 たまたま持ってきていた粘土団子による自然農と緑化のビデオを見せたところ、彼は叫んだ。「おお、わしのやっている農業はまだ自然農じゃない!農園に革命を起こそう!」とその日のうちに働かず金目当ての若者をすべてくびにしてしまった。そして雑草を抜かずに(耕さず)草を刈る方法や緑肥を使って雑草を抑える方法などを話し合った。最後に実験的に粘土団子も一部の区画でまいてみようということになった。ビデオを見せただけでいろんなことがいっぺんに決まってしまった。人手の足りない大規模農場で大丈夫だろうか・・・。 ミシェルお爺さん(以下パピ・ミシェル)は起きてる時間の1/3くらいを瞑想にあてる。空き家を買い、名無し寺とつけ、毎日お寺の瞑想で受け取ったメッセージや詩をタイプしたりインスピレーションを受けると絵に描いたりする。食事は朝と夜中だけ。畑に生えている薬草で作った青汁(まずい!)をよく飲む。動きはとっても遅いけど、何でも一人でこなす。ヤギが病気で助からないときも包丁をよく研いでからヤギのためにヒンドゥ教のマントラを唱えながら殺し、重機で穴を掘って埋めた。自然農とはかけ離れているが大規模農場で使われる日本の2倍はある大きなトラクターや草刈機、パワーショベルなども運転する。 ある日この石油エネルギーを減らすかわりに多くの人がここの野菜を育てて共有するコミュニティ生活を実現しようと瞑想で悟ったと話してくれた。別な日には有機農アドバイザーが訪れ、「ここは草をぜんぜん刈っていない。これではだめだ。完全に雑草をなくして堆肥をもっと入れるにはこれとあの機械を導入しないと…」と散々お説教を受けたが、ミシェルは「全てが金目当ての商業中心で他の生き物が生きられない農業はもうやめだ。でかい重機より粘土団子一個のほうが力がある」と彼とも縁を切ってしまった。 カナダでは有機と銘打った野菜や乳製品が庶民に結構親しまれているものの、生産者の実態は自然と調和しているといいがたい。パピ・ミシェルによると1日1軒の割合でカナダから小規模農家がなくなり、かわって大規模農場が土地を買収している。ごく少数の大きな有機農家が市場を独占し、その農場は完全機械化された単一農法。これでは将来土地が荒れてアフリカの砂漠のようになってしまう。 チーズを作るにしても牛を飼うには許可証を取るのにものすごく高いお金を政府に払わねばならず、それを補うにはある程度の牛をまとめて飼い、大規模化を余儀なくされる。飼料はやはり大規模農場から買い続けなければならない。食肉に有機と名がついていても飼料は普通栽培のものが使われている場合も多い。 パピ・ミシェルを除き近くの牧場主は皆牛のような体型でちょっとこわい。安いピザやハンバーガーばかり食べているようだ。一度だけ近所のレストランに行ったが、塩辛くて油っこいジャガイモと肉中心の食事で、客は物足りなさからたくさん食べてるように思える。農園で取れる野菜のおいしさがよくわかる。不健康な牛を近くで見るたびに肉を食べるのが子供でも嫌になってきた。あたり一面に広がるトウモロコシ畑がわずかな牛のためにあるなんて・・・どうしてアフリカに届けられないのだろう・・・。 毎日いろんな問題を彼から聞くにつけ、こういった情報の多くが日本では明らかにされていないと思った。おそらくアメリカとの貿易上の関係から・・・。カナダで取れるブルーベリーの輸出の8割が日本だと新聞に書いてあるよと仲間のウーファーが教えてくれた。また別のときにメープルシロップの一番の輸出先が日本だとも・・・。どうして小さな国がそんなにたくさん輸入しないといけないんだろう?お金だけのやり取りがあちこちでゆがみを生んでいる。ウーフしてみて気がついた。 |
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