豆々通信   [2004年9月号・読み物] 


『びろう葉帽子の下で』(山尾三省 野草社)

びろう葉帽子の下で

秋 その一

青じその実を採り
青じその実を 食べる
それだけのこと それが いのち
青じその実を採り
青じその実を 食べる

秋 その二

花みょうがを採り
花みょうがを刻んで 食べる
サバブシの粉をふりかけ 醤油をかけ
麦飯の上に載せて 食べる
それだけのこと それが いのち
花みょうがを採り
花みょうがを刻んで 食べる


豆料理のコツ(『クラブ便り』バックナンバーより)

 会員の方からいただいたご質問で、特に他の皆さまの参考になりそうなものを選んでみました。

 @Q:12月号のチリスープの材料に、カイエンペッパー、チリペッパー(粉)と書いてあるのですが、これら全て、赤とうがらしのことで同じものかと思いました。本当は、別の種類なのでしょうか?
 A:私も最初ゆらから送られてきたレシピにカイエンペッパーと出てきたときは、唐辛子でよいのかたずねたことがあります。一番辛い唐辛子がカイエンペッパーで、これは日本の一味唐辛子で代用できます(ただしカイエンペッパーはごく細かい粉末で売られているのが普通です)。チリペッパーはカイエンほど辛くないのでこれは赤唐辛子では代用しづらい。チリビーンズをつかう時にはチリが必要だと思います。さらに辛さが弱いのがパプリカ。こちらは色々と風味づけに用いられるようです。(千晶)

AQ:豆料理クラブに限らず、最初にタマネギを炒めてから他の材料や調味料を加える料理は多くありますが。12月号の泰然自若シチュウでは、最初にタマネギを炒める段階で塩を加えるのはなぜですか?
 A:玉ねぎと塩のことなのですが、これは私も長年疑問に思っていたことなのですが、昨年山中律子さんの『トルテリーニを食べたくて』という本を読んだときに疑問が解決しました。
 日本の料理指導の中では玉ねぎを油と塩とともに炒めると書かれていることが多いのですが、イタリアで料理を勉強した山中さんの解説だとイタリアでは油たっぷりの中で半ば揚げるようにして玉ねぎを炒めるとのこと。和食の歴史の中で油はあまりつかわれてこず、だから日本人は割合油にとんちゃくしないので(上質の油を台所に用意してないので)、質の悪い油をたくさんつかうと料理がおいしくなくなる。そこで少ない油で玉ねぎを炒めることになるのですがそのためには塩を入れて玉ねぎから水分を出さなければ玉ねぎが鍋にこびりついてしまうことになります。逆に言うとイタリアのように上質のオリーブオイルを常に台所に用意しておく伝統があれば、油をたくさん入れてもくどくならず、むしろ香りとこくが出てだしの一部となるので、オリーブオイルが持ち味を十分発揮できるよう、たっぷりつかって玉ねぎを炒めるのが普通であるようです。私も肉をつかわないようになってオリーブオイルをつかう分量が多くなりました。それから質の悪い油の場合、生ではとても食べられないのでフライパンに油をひいてよく熱して玉ねぎを炒め始めますが、上質のオリーブオイルで料理する場合は油を熱さず冷たい状態のところに玉ねぎを入れて炒め始めます(上質のオリーブオイルはジュースのように生が一番おいしい)。私はこれを知って、玉ねぎを炒めるのが難なく楽しくなりました。
 ところでところで、泰然自若シチュウの場合は、玉ねぎの分量に比してオリーブオイルが少ないので、塩で水分を出して5分炒める間にこげつかないようにしているのだと思います。このシチュウの場合オリーブオイルでこくを出すというよりスパイスで風味を出して仕上げていましたよね。スパイスが苦手な方はスパイスを減らされてその分オリーブオイルを増やされてもよいかもしれません。(千晶)

BQ:スパイスの使い方があんまり良く分かりません。今度、初心者向けに、スパイスの効果的な使用法を教えて下さい。
 A:初めてスパイス中心のレシピを見るとえっ、何か大変そう、とかいっぱいあって覚え切れないという気持ちが起こるかもしれません。私の場合、10歳くらいから自分でハーブを育てたり、ポプリを作っていたせいか、その延長で香りに引き込まれてしまい、一つずつ種類が増えていくのが楽しくて仕方ありませんでした。
 千晶さんも書かれていたとおり、インドの豆料理に必要最低限のスパイスはクミン、コリアンダー、そしてターメリックとチリの4つです。これに慣れてしまうと、バリエーションとして、フェヌグリークやマスタードシード、アジョワン、ヒングなどが欲しくなってくるかと思います。そしてこのカタカナのやっかいな名前を覚えるより、より身近にちょこまか使ってみるためにおすすめの方法があります。
 用意するもの:クッキーの空き缶(中に仕切りが入ったもの)
 在日のインド人のうちで初めて見たのですが、日々使う少量のスパイスはすべてこの細かな仕切りのある空き缶に全部収めてしまうのです。こうすると、いくつものビンを出し入れする手間が省けるばかりか、スパイス料理全般にいえるタイミング(順番を見極めつつ、スパイスを焦がさないぎりぎりまで油でいためるなど)を逃しません。何かしけっちゃいそう、と思いましたが、スパイスは結構長持ちするので案外平気。なくなれば大きなビンに詰まったスパイスをまた出してきます。ネパール、インドの家庭では金属やプラスチックでできた丸い缶に小さな丸缶がいくつも詰まった物を使います。
 こうして入れとけば思い立ったときに「今日はしょうゆ味の変わりにコリアンダーをいれてみようかな」という気分になれる?!少量から始めてよく炒め、よく煮ることがおいしさの秘訣です。油で炒めるスパイス(クミンなど)はしっかり焦げる手前まで(はじけるまで)油で通さないと単なる苦味になってしまいます。また調理半ばで加えるコリアンダー、ターメリック、チリなどは味をなじませるためにじっくり煮込まないとこれまた粉っぽくなってしまいます(といえるほど私は失敗しました)。普通の日本の野菜炒めが10分ほどで仕上がるとしたら、インド料理では20−30分は蒸し煮しています。しかもある程度まで結構な強火で(そのせいか油も大目)。それほどスパイスがなじむのに時間がかかるのかもしれません。このタイミングは何度も作り続けることで身につくかと思います。スパイスの組み合わせも毎日変えてみても楽しいです。
 そして使い続けるうちに気がつかれるかと思うのですがカルダモン、シナモン、ナツメグなどはお菓子作りの他には肉料理の臭み消しに使われる程度であんまり必要ではないのです。(ひろ)


シリーズ豆日記 カルケリの寅さん(佐藤浩子)

 縁あってオーロヴィルからインドの南西部カルナータカ州へ向かった。ここはインド有数のミュージシャン・ダンサーを輩出する地域として有名な地方都市。ここからバスで30分ほどのカルケリという村でカナダ人が孤児や貧しい家庭の子供たちのための音楽学校を開いている。普通の教育だけでなく、音楽を通した世界平和とコミュニケーション能力を伸ばそうという狙いだ。学校には40人ほどの生徒が寝起きを共にし、ダルワードから有名なアーティストが子供たちにタブラやシタールを教えにやってくる。また世界各国から興味を持った旅行者たちがここを訪れ、それぞれの能力を発揮して子供たちに英語や空手、絵画などを教えていた。中にはジャグリングまで・・・
 オーロヴィルから30時間以上かけてようやくたどり着いた翌日、ちょうど開校1周年の記念式典が開かれた。政府から正式な学校として認められ、村の有力者やダルワードのミュージシャン、村びとたちが一堂に集まってプージャと植樹祭が行われた。・・・その日は36度近い暑さで、2日間の移動が体にこたえていた。朝から丘の上でプージャ(司祭カーストによる儀式)が始まり、木を植え、ぞろぞろと炎天下の中を村のお寺まで歩き、狭い場所に身を寄せ合って座り、お話を延々と聞き・・・どうせインドのこういう集まりは途方もなく長いということは初めからわかっている。何とか上手い具合にここを抜け出そう・・・と思い始めたころ、バジャン(神をたたえる宗教音楽)の演奏が始まり、続いて子供たちにアイスキャンディが配られた。皆おしゃべりを始め、立ち上がってうろうろする人も出てきた。どうやら偉い人たちの話が済んで、そろそろ抜けてもよさそうだ・・・
 お寺の周りにはモロコシが広げて干してあり、そこを通り抜けるとバスの待合小屋と村に一軒しかない小さなチャイ屋がある。まずはそこへ逃げ込もう。コンクリート造りの待合室は冷んやりしていてほっとする。ボーッと辺りを見回していると、粗末な身なりの小柄なおじさんが「ちょっと1ルピー借して、今この手にある1ルピー、もし消えたらチャイ一杯おごってくれるか?」と聞いてくる。ここのチャイはたった1ルピー。多分今まで飲んだチャイの中で一番安い。プチダノンくらいの小さなアルミカップだからお代わりを何度もしたくなるが・・・おじさんは見事な手さばきで1ルピーを消したり、別の空のポケットから出して見せたりした。 
 次はタバコを一本と別な人にねだる。火のついたタバコが一瞬にして消えたり、またポケットから火がついた状態で出てきたり。退屈な午後の時間が急に不思議なひと時に変わった。バスを待つ人たちがおじさんのマジックショーを見物したくてチャイやビスケット、小銭・タバコを差し出す。その度にいろんな手品を次々に披露してくれる。隣のチャイ屋も待合室からおかわりの声がひっきりなしで大忙しだ。
 周りにちょっとした人だかりができたころ、おじさんはよれよれの手提げかばんをごそごそやってビンディや髪飾り、安っぽいアンクレットを取り出した。そう、おじさんは村から村へ雑貨を売って歩く行商人だったのだ。これからバスに乗って次の場所へ向かうのだろう、バスを待つ人たちがチャイを片手に面白がって一つ二つ買っていく。私も学校の子供たちにあげるためビンディを買う。おそらく普段の商売相手は町へめったに出られない村の女性たちで、村人を楽しませながらこまごました日用品を売っては食事をもらいあちこち移動しているのだろう。どんな村へ出かけ、どういう人たちと出会うのか、バスに乗ってついていってみたくなった。
 ・・・この村で儲かったかと聞くとにやにやしていた。インドのバスや電車の中には様々な物売りや物乞いがやってくるが、インドでテキヤに出会ったのはこれが初めてだった。多くの物売りの場合、より多くの利益を得ようとして時には強引で、お客をだますこともしばしばだが、彼の場合、客を手品で惹きつけておき、客と親しくしてから控えめに取引を始める。チャイや食べ物をご馳走してくれたお客には大変丁寧にお礼を言うのでこっちがびっくりするほどだった。こんなキャラクターの持ち主がインドにいるなんて・・・きっとこの辺りは様々な芸術が認められる、余裕のある地域だからかもしれない。いつかまたカルケリに行く機会があったら手品を見てみたい。

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