『アブドルの冒険―アフガニスタンの少年のものがたり』
(金田卓也 偕成社)
| 1982年に出版された絵本。作者がアフガニスタンを旅して現実に出会った子どもたちのエピソードをもとにした半ドキュメンタリー。家の内部から服装のデザインまでディティールが豊に書きこまれていて楽しい。砂漠の中でメロン、ざくろ、カバブ、ナンと食べものが次々に出てくるのにもわくわくさせられる。 「子供たちの意識の中で、アフガニスタンのような国の人々を、自分たちと同等にとらえることができないならば、将来いつ侵略者の側に立つかわからないと思います」 20年前の著者の言葉である。 |

| あちこちの農場を訪ね歩きヒンドゥ哲学者オーロビンドの後継者、フランス人マザーが提唱した理想都市、オーロヴィルまでたどり着いた。始めのうち、西洋人のためのリゾート施設としか思えないような豪華なつくりとその周辺に広がる貧しいインド人の村との不調和に心が痛んだ。しかしソリチュードファームを訪れたことで印象が大きく変わった。 畑にはどの草も欠かせないと作物より雑草一つ一つに説明をしてくれるボスのクリシュナ(フランス人)。その姿は植物に対する尊敬と愛情の念であふれていた。枯草の覆いをひっくり返すと懐かしい日本の雑木林のにおいが。乾季で大地が乾ききったかに見えるがたくさんの枯草で覆われた畑は生き生きしている。家畜を放牧しすぎて何も生えない土地と全然違う。 …多くのインド農家は経済的理由から有機栽培である(企業によるお茶や栽培の難しい特殊なスパイス、北部の大規模な小麦などの単作は別)。しかしわらや雑草は牛やヤギの飼料に与えるばかりか種まき直前に地上の草を全て抜き取り地面をからからに乾かしてしまう。もちろん家畜の糞は畑に返るが、十分とはいえない。このため収穫量が年々落ち込み、土壌が1年で3cm流出しているそうだ。 これをみて大地は常に何らかの緑に覆われていなければならないと結論を見出したブルーノ。ケララで百姓をする彼は後に『自然農法わら一本の革命』(福岡正信・著 春秋社・刊)を読んで同胞を得た気持ちがしたそうだ。別れ際に完熟の胡椒、コーヒー、チリの種を譲ってくれた。 彼らが大事にしている宝物といえばサンヘンプだ。初めて見たのはコラプールで。人の背丈ほどすっくと立ち上がった茎の先に、クズの花ほどの大きさのレモン色の花が咲く。しばらくするとらくだの皮のような半透明の、ジェリービーンみたいな筒型の豆の鞘が膨らんでくる。青空に映える姿が何とも美しく、種が熟すのを待ち焦がれていたが、その前に帰る日が来てしまった。こっそりマダムに打ち明けると「ギートゥ、早く言えばよかったのに。種苗店にあるからミリンに頼んで送っとくわ。」と笑われた。へ?栽培品?「野生に生えてるけど、緑肥にお百姓さんが使うの」 郵送で受け取った種は光沢があるのだが、腎臓のようなひしゃげたハート型をしていた。こんな形の豆が?同じ仲間がベビーマラカスと称されて花屋で売られているのを見つけた(こちらはきれいなハート型だった)。熟しても鞘が破れず、鞘を振ったときに鞘の中に落ちた種がカシャカシャといい音をたてる。 今回コラプールの種苗店でまたサンヘンプを頼んだら「何?たった50g?もってけ、金はいらん」と投げてよこした。普通キロ単位で買っていくものなのだ。コラプールでは分類学上の植物に過ぎなかったのがあちこちの畑にお邪魔するうちにこの草が土地の地力を高めるのに欠かせない役割を果たしていると思い知らされた。 そればかりか茎から取れる繊維はアサのような織物がとれ、耐久性に富むので魚の網やキャンバス、縄も作れると教えてくれたのはソリチュードに居候しているタミル人クリシュナムルティ。彼は草木染と機織の職人で自ら下請工場を持ち、日本から発注のあった藍染の剣道着や着物を作っていたそうだが、不況の波が押し寄せすべてを手放した。 残念なことにインドも伝統的な手法よりも機械による化学繊維が主流となり、自分の技術を生かせる場がなく、理解者を求め外国人の多いオーロヴィルに流れ着いたというわけだ。彼はかつてインド中を旅して村人と生活を共にしながら仲良くなり、長い年月をかけて様々な染色に使う植物や技法を学んだという。そうして栽培した綿を紡ぎ、機を織り、染め分けるすべての工程を自分のものにしたそうだ。彼は惜しげもなくたくさんの染色や緑肥に使う植物の種を分けてくれた。 クリシュナはよそに出かけると必ず植物の種を持って帰る。よその畑であまって捨てられたオクラの種や別荘に植えられた珍しい園芸種。似たような人がいるものだ。私も旅先で拾い集めた種を提供した。食後とっておいたマンゴーの地方品種やコラプール特産のナス、食べられる雑草など…部屋をシェアしていた西洋人から「ギートゥの鞄はクレイジーだ」と中身を呆れられた。いろんな国の旅行者と地元のインド人が集まって粘土団子作り。みんなが集めた種をおしゃべりしながら丸めていく。クリシュナが去年福岡さんから貰った哲学漫画を見せてくれた。公演内容を録音したテープも。 ソリチュードでは粘土団子の中に綿や染色に使う植物の種も混ぜてすべて一緒に栽培し、近辺に住む貧しいタミル人たちと布を織り、染めたものを海外に売り出すことで村人に仕事の機会を生み出そうとしている。ふとソリチュードの粘土団子が理想都市オーロヴィルに将来調和をもたらすかもしれないと思った。早くサンヘンプの布が送られてくることを楽しみにしながら…。 |

| 現代の肉食の問題点をまとめた好書。 「ブロイラーは卵からヒナにかえると、すぐに飼育用鶏舎に入れられる。狭いスペースに大量に詰め込まれ、一坪(たたみ2枚分)あたり100羽井以上にもなる。そのとき、突き合ったり、エサを散らさないようにくちばしを短く切り落とされる。鶏舎は日光の射す窓がなく、つねに薄暗くしてある。鶏は「コケコッコー」と鳴いて夜明けを告げる習性を持つ。これを、大勢でいせいにやられてはうるさくてかなわないというわけだ。エサは当然、高カロリー、高タンパクの濃厚飼料である。それに栄養剤、消化剤、抗菌剤などが添加され、自動的に給餌されるようになっている。」 たとえばブロイラーをこんなふうに育てることは、人間の分際を越えた所業のように思われる。そしてそれは、結局人間をむしばんでいる。いつも思うのだが、車にしても、エアコンにしても、人間の分際を越えたエネルギーの消費は自然環境を破壊し、当の人間をもむしばむ。逆に言えば、自然にそったライフスタイルに切りかえていくと、他を破壊することも自らを破壊することもいっぺんにくい止めることができる可能性が開かれる。 4章以降は一気に読んだ。家畜用の飼料として穀物を消費することが、これからの地球でふくれた人口を抱えていくにはムリだということを、いろんな角度から検証している。(千晶) |
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