『棚田/ふるさとの千枚田』
(ふるきゃらネットワーク編 講談社)
(右)の田んぼで収穫できる米は約2升5合。一般家庭の4−5日分。
| 失われつつある日本各地の棚田をおさめた写真集。表紙でつかわれている写真には、あぜ道で大豆が栽培されている様子、米豆米豆米豆米という幾重もの列の重なりが見られる。 |

| 「ヤダフ先生から世話役を引き受けた」と、始めてコラプールの大学に行ったとき紹介されたミリン。中学生くらいの小柄な体型にもかかわらず、恐るべき野生にいつも驚かされ、影響を受けた。 最初はよほど心配してくれていたのだろう、先生とともに四六時中見張られてしまう。植物を尋ねると「ええっ、これも知らんのか」と、あきれられっぱなし。私にとっては全てが始めて見る熱帯の植物だが、彼らからすれば、日本でいうタンポポのような普通の草をきいてくるのだからたまったものではなかったろう。それでも嫌がらずにいつまでも付き合ってくれた。 先生と学生達で採集に出かけた時のこと。モンスーンの大雨の中、皆傘もささずに切り立った岩山を縫うようにして走るハイウェイ沿いをチャッパルですたすた歩いていく。と、崖っぷちに野生のバナナの花を見つけた。大抵の学生ならばここで通り過ぎるところをミリンは「ちょっと待ってて」とチャッパルをその場に残し、雨でつるつるの岩をスパーダーマンのごとくよじ登っていった。高低差3−40mは優にある。落ちたらおしまい、下の学生達は冷や冷やしながら彼に足場を指示する。しばらくするとニコニコ顔で新聞紙ほどの大きなトートバッグにバナナの花をしまい込んでいた。先生の右腕となってどこへでも植物を取りに行く。 歩き出すと後ろで鳥の声が。「今のは何の鳥?」振り返ると止んでしまう。前をむくとまた鳴いている。「こっちからだ!!」ぱっと振り向くとミリンの口笛。鳥が寄ってくるほどそっくりで、いつも騙される人がいた。これで鳥の巣を採ってきてしまうことも。 彼はどんな悪天候だろうと水や食料を持たずに山へ入ってしまい、喉が渇くと泥から沸いてくる水だろうと喜んでそのまま飲んでしまう。他の学生が水筒の水を差し出しても「どんな水でも飲める体を保ちたい」と断っていた。日本と比べたら十分すぎるほど抵抗力のつきそうな街の水ですら彼には「体が怠ける」そうだ。時には何日も山から帰ってこない。ふらりと大学の寮に帰ってくると夕飯がとうに終わってしまい、残っていたチャパティをおかずナシで何十枚だったか平らげたと翌朝笑って話していた。別の日には採集の帰り炊飯器一杯分くらいの米をダルだけで食べたとか…翌朝は必ず一番に教室に来て顕微鏡を覗いたり標本を作っている。 ヤダフ先生が来日したとき、こんな清潔なところにずーっといたら免疫力が低下してよそへ出られなくなるぞと脅かされたことをミリンに言うと、彼はふとこんなことを話してくれた。 かつてインドではニーム(インドセンダン)の枝の先をかみ砕いて歯ブラシに使い、虫歯の人はいなかったそうだ。ところが市場が開放されて西洋の品物が入ってくるに連れ、ハブラシとチューブの歯磨き粉を使うようになったところ、虫歯の人が急に増えたという。ミリンは歯磨き粉の洗浄力によって自分の歯が本来持っていた働きを失い、歯磨き粉なしでは清潔に保てないような体に変わってしまったと考察している。だから時に野生を失わないように自分を空腹に耐えさせてみたり、乗り物を使わずにどこまで行けるか試しているんだと打ち明けた。 こんな調子だから他の学生はヤダフ先生のところはサドゥ(山伏集団といったところか)に違いないと敬遠した。そこへ変な日本人がやって来てますます怪しまれたかもしれない。こちらも負けてはいられず、必死にどこへでもついて歩いた。その後再び訪れた際、私がきっかけで女子学生がぽつぽつ研究室に入るようになったと先生やミリンたち学生から感謝された。こんなひ弱な日本人でも何とかなるならと気が付いたのだろう、気恥ずかしかった。 ある日ミリンが採集から戻ると「ギートゥ、日本に帰ったらこれにレンズをはめてサングラスに使え」と眼鏡の形そっくりに真ん中がくびれた大きなモダマの豆の莢をくれた。普通莢は湾曲するくらいでこれほどくびれず、大変珍しいものを山から持ってくるのがいかにも彼らしい。 モダマは日本でも石垣島などの亜熱帯に生える。莢の節に一つだけ入っている、直径5cm、幅1cmほどの大きく平べったい焦げ茶色の豆はネックレスにしたり、中身をくりぬいて楊枝入れになる。樹皮はシャンプーに、葉は石鹸に使える。リューマチや血行をよくする働きもあるらしい。繊維は紙を作ったり、魚取りの網の原料に。このあたりの村人はモダマの実を長いこと水に浸け十回以上(!)あく抜きしてから食べるそうだ。 ついこの間ミリンから結婚したよとうれしそうなメールをもらった。添付された写真の奥さんは芯が強そうな感じ。「…ミリンは真面目でしっかりしてるからすぐ結婚相手が見つかるわ。でも間違いなく尻にしかれるわね。」数年前ヤダフマダムとうわさした通りに。ジャングルで恐いものなしの彼が奥さんにはかなわない様子を想像し、笑いがこみあげてきた。 |
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