| フェンネル 古代エジプトで栽培されたほど最も古い栽培植物のひとつ。ローマ時代の博物誌には視力を増すと記されています。中国では魚肉の香りを回復させるので茴香(ウイキョウ)と名づけられ9世紀以前に日本に持ちこまれました。魚料理に良く使われますが、駆風効果もあるので豆料理にも積極的に使いたいです。茎葉はのどの痛いときお茶にしたり、種子を軽く炒って食後に噛むと口がすっきりするばかりか消化を助けてくれます。イギリスの教会では種を口にして断食中我慢したそうで、ダイエットにも?春先に種を蒔くと2年目から収穫できます。 ヨモギ 世界中いたるところに生えるヨモギの仲間は250種もあり、中にはArtemisia dalailamae(学名でダライラマに献名したヨモギ)もあります。葉の裏についている綿毛が灸の原料となるもぐさや草もちのつなぎの役目になります。新井白石がヨモギを広め、それまでは草団子にはハハコグサを使っていたそうです。ヨーロッパではフェンネル同様、アブサンなどリキュールの香り付けにも。イギリスではヨモギの灰と古いサラダ油を混ぜたものを育毛剤にしました。 【乾燥よもぎ粉の使い方】 1.下準備 よもぎ粉をボールに入れ、たっぷりのお湯をそそぎ5分くらいひたしてからお湯をよく切って料理に使います。 2.料理に もどしたよもぎを2−5%程度まぜあわせます。草もちやだんご、そば、うどん、パンに、また鶏肉のよもぎ炒め・いかとよもぎの味噌あえ・わかめとよもぎのスープなどもおいしい。 3.お茶に 1人前よもぎ粉1−2gを目安にお茶用紙パックなどに入れて使います。よもぎだけでは飲みにくい場合は煎茶やほうじ茶によもぎを加えて下さい。 4.風呂に 1.の残り湯でよもぎ湯を! |
| 豆のスープ Bean Soup コートとえり巻きをからだにきっちり巻きつけて,ストーブのそばにじっと座っているよりどうしようもなかった。 「ゆうべのうちに,豆を水につけておいてよかったわ」 と,母さんがいった。母さんは,ぐつぐつ煮立っている鍋のふたをとって,手早く重曹を1さじ入れた。豆は,音をたててわっと煮立ったが,吹きこぼれはしなかった。 「中に入れる塩づけの豚肉も,ちょっぴりならあるわ」 と,母さんはいった。 ときどき,母さんは,豆を少しさじですくってはふっと吹いた。豆の皮が破れてくるっと縮むようになったら,重曹の入った湯をこぼし、また新しい湯を入れた。塩づけの豚肉の脂身も入れた。 「寒い日には,熱い豆のスープがいちばんだ」 と,父さんがいった。『長い冬』 まず玉ねぎとセロリをいため,トマトを入れ、裏ごししたいんげん豆やコンビーフも入っている,香料のきいたとろりとしたスープ・・・・・。 残念ながら,この豆のスープは,とてもそんな上等のものではありません。インガルス家の人々は,長い冬のあいだ,どんなにこんなスープを夢みたことでしょう。でも,実際にはローラたちの口に入るとびきり上等のスープといえば、ぐつぐつ煮た豆の煮汁だったのです。 もし,どんな味のものか試食してみたかったら,べ−クトビーンズを作る途中で,豆の煮汁をちょっと飲んでごらんなさい。歯の根が合わないほど凍ぇていたり,おなかがとてつもなくすいていたら,さぞ,おいしいと思うでしょうけれど。 ベークトビーンズ Baked Beans 熱いスープと熱いお茶で,みんな,温まった。スープというのは,豆を煮た汁だった。母さんは,豆をミルクわかしに移し,まん中に豚の脂身を少し置いてから,糖みつをたらたらと落とした。それから,ミルクわかしをオーブンに入れ,扉をしめた。晩ごはんは,べ−クトビーンズというわけだ。 『長い冬』 「小さな家」のトブルには、たびたびこのべ−クトビーンズが登場しますが,いかにも,ニューイングランド出の母さんらしいですね。この料理は,もとはといえばインデイアンのもので,地面に穴を掘って焼いた石を入れ,熊の脂肪とメーブルシロップで豆を煮たものです。 ニューイングランドに住みついた清教徒の主婦たちは,土曜日になると,大鍋いっばいの豆に,糖みつを少しと,塩づけの豚肉,玉ねぎを入れ,鍋ごと近所のパン屋に持っていって,一日じゅうぐつぐつ煮てもらったといいます。こうすれば,土曜日の夕飯にはあつあつの豆料理が食べられ,翌日のいっさいの労働を禁じられている安息日には,冷えたのを食べることができるというわけです。 豆類は,良質のたんばく源であり,人間の手と大地とで育てあげる,経済的な産物でもあります。糖みつを少し加えて独特の豆くささを消して,昔ながらのやり方で作ってみませんか。きっと試してみるだけの値打ちはあると思います。アルマンゾの母さんのように,玉ねぎやピーマンの薄切りを入れて,こっくりとした味に仕立てるのも一つの手ですが,まずは,昔ながらのやり方で作ってみてから,甘みを補うなり工夫をしてみるのもいいでしょう。 |

| からからに渇いた3月の大地を歩き続ける3人組。伝承医学アーユルヴェーダに使われる薬用植物を取りにジャングルにやってきた。Dr.ワーリーは大学で教えながらコラプールの町医者をしている。忙しいのに自ら山に入り薬草を取ってきては家でせっせと丸薬をこしらえる。素焼きの鉢という昔からの決まったスタイルで丁寧に。機械で大量生産されたものとは効き目が全然違うらしい。「そろそろ切らした薬もあるし、薬草取りに行かないか?」今日は彼の手伝いをしながら薬草を見せてもらうことになった。 ひびの入った地面には日本でも見られるモウセンゴケが生えていた。キツネノマゴ科の草がトゲだらけのウニみたいな塊をつくり地に這いつくばるようにして綺麗な花を咲かせている。アリになったつもりで自分も這って観察すると、高さ10cmも満たない地面の上で様々な草が混ざり合いながらも調和のとれた空間を作っている。雨期が始まればこの草は消えてしまい、新しい草が登場する。そのわずかな間に人が山に入り、必要な分だけ採ってくる。ワーリー氏が患者の薬作りに栽培品を使うことはなかった。 彼の教え方は映画「アフガン・アルファベット」のようだ。「さぁ,ギートゥ、3つめの果実を見つけたぞ。これでトリ(3)・ファラ(fruit)。アーユルヴェーダで一番よく使うから覚えよう。一つ目はぁ?次はぁ?」歌うように何度も発する声が静まり返った森に響き渡る。見たことのない草が花を咲かせていたら脱線して木登りに変わる。汗だくになってつるはしで根っこを掘り出す。川にざぶざぶ入って水草をさらう。大学の授業もこんな調子なのだろうか?…じっと椅子に座って聞くだけの講義、ただ与えられたものを使い、料理教室のごとく薬品を混ぜては機械で計測する日本の実験の日々が遠くリアリティのないことのように感じられる。ここでは実験道具は何にもないけれど全身を使い感じ取るべき対象がいくらでもある。 「よーし、次はこれを食べてみよう。」と傍の木にぶら下がった長さ70cm、直径2.5cmもある真っ黒い豆の鞘(さや)をぽきっと折った。えっ、これを食べるの?先日の苦味を思い出した。 …大学の構内でヤダフ先生と歩いていると頭上でがさがさ音がする。大きなサルの群れが木の上を飛び跳ねていた。ハヌマンラングールといい、白い毛むくじゃらの体に顔はシャムネコのように真っ黒。サル達は高い木の上で葉をムシャムシャと食べている様子。 「あの葉を食べてごらん。」と、差し出されたのはニーム(インドセンダン)。学生達は皆ニヤニヤして口にせず、仕方なく試してみると苦いの何の。サルが食べているのを見て苦くても役立つかもと人間が試したのが薬用植物の始まりではないかと先生。ニームは皮膚病やリューマチに効果があり、汁が石鹸に混ぜられたり枝を歯ブラシに使う。 ニームを思い出し恐る恐る鞘の中のパルプを食べてみると何と甘い。サトウキビをかじるようでおいしいなあとパクパク食べていると「食べ過ぎると下痢するよ!」。…下剤に使う豆だった。ナンバンサイカチというこの豆は大きな房をなした黄色い花を見事に咲かせる。花が終わると真っ黒い豆の鞘がにょきにょき伸びてきて木の枝にたくさんぶら下がる。これがまたサルの大好物で、英名モンキースティックというほど。ほかの場所では蛾が鞘に卵を産み、幼虫が種子を食べるのでこの木はあまり生えないそうだが、西ガーツ山脈沿いではサルが多く、鞘を折っては中のパルプだけ食べ、種を蒔き散らかしてくれるおかげでよく見かける。 ヤダフ先生の家に帰ると何やらマダムと息子さんが必死にサルの群れにパチンコ玉をぶつけている。サルのお目当ては外に干してあった半年分のジャグリーというヤシの糖。どうやら森に住むハヌマン先生がアーユルヴェーダの授業料を取りに来たようだ。 |
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