| ほんとだよ、ずっと東のほうで 白いマメと 大きなトウモロコシのなえが 白いいなずまにつながれている きいて!雨がちかづいてくる! ツグミの声がきこえてくる! ほんとだよ、ずっと東のほうで 白いマメと 大きなカボチャが 虹につながれている きいて!雨がちかづいてくる! ツグミの声がきこえてくる! --------------------- あたらしいトウモロコシの花のうえで きいろいチョウたちが 顔じゅう花ふんだらけにして かがやく光のかたまりになって おいかけごっこをしている あたらしいマメの花のうえで 青いチョウたちが 顔じゅう花ふんだらけにして かがやく光のかたまりになって おいかけごっこをしている トウモロコシの花のうえで あたらしいトウモロコシの花のうえで はちがぶんぶんうなっている マメの花のうえで あたらしいマメの花のうえで はちがぶんぶんうなっている スクスクのびるトウモロコシのはたけに かみなりぐもが朝からばんまですわりこみ スクスクのびるマメのはたけは 頭からすっかりずぶぬれになるがいい |
| アメリカ先住民の民話。とうもろこしが神聖な食べものとして称えられてきたことが伝わってきます。こどもと一緒に読むと「とうもろこしのパン、食べたい」と言います。とうもろこしの粉で何かつくってやるとうれしそう。絵がすばらしい。同じ画家の『プンクマインチャ』(福音館書店)も、ページをくる手がとまるような絵、ネパールの民話。そちらには豆スープがでてきます。 |
| タイム ラテン語で香を焚く意味のタイムは枝を捨てずに燻製に使いたいもの。またギリシャ語では勇気という意味もあり、タイムの香りがするような人とは男性に対して最高の誉め言葉だったとか。 どんな料理とも相性のよいタイムには優れた殺菌・防腐効果もあることから肉や魚の保存には欠かせなかったようです。またハーブティにすると食欲を増し、咳や呼吸器系統の風邪の際のうがいにも。 ヨーロッパでは野生に様々な種類が茂りますが、日本での栽培にはちょっとしたコツがいります。乾燥・痩せた土を好むので梅雨の時期に駄目にしないよう、ピートモスとバーミキュライトを混ぜ込みます。壊れた素焼鉢を砕いて混ぜ込むとよく育ちます。ロックガーデンにもおすすめ。一度土地に合うとこぼれ種で増え、緑の絨毯も夢ではありません。 |

| 照りつける日差しが眩しくも程よい暑さの、一月のマドラス。屋根と壁をヤシの葉で吹いた古典舞踊の稽古場で午前中のレッスンが終わった。夏はまだまだ先なのに汗だくのサリーは搾れるほどである。稽古は朝夕2回2−3時間ずつあり、自由な時間は午後のひとときのみだが、きつい練習のため昼寝で終わることも。 さて今日はどうしようかねと外に出ると、さわやかな風に揺られたココヤシの葉がさらさらと音を立てる。それとは対照的な排気ガスを撒き散らす車の通り抜けるときの騒音。それを聞くや否やオート力車をつかまえ、喧燥から逃れるべく郊外へ飛び出した。行き先は神智学協会。急がないと午後のお昼寝タイムで入口が閉まっちゃう。 マドラスの川向こう、アディヤールに位置する神智学協会世界総本部。ここでの教えはともかく、日本でも知られる人物といくつか意外な接点がある。 かつてルドルフ・シュタイナーがドイツの神智学徒を率いて分裂し、人智学を設立。 また日本人で始めてチベットへ潜入した僧侶河口慧海が書いたチベット旅行記の英語版を出版したのがアディヤールにある神智学協会なのだ。当時の日本ではその内容があまりにドラマチックなため、ほらふき坊主と思われ相手にされなかったのに対し、西洋社会では神智学協会が出版してくれたお陰で正確な描写が高く評価され、登山家や学者に一目置かれる存在となった。 そして来たるべき世界教師として指導者に見出された、J・クリシュナムルティ。少年時代をアディヤールで過ごしたクリシュナムルティは「真理は道なき土地であり組織できない」と星の教団を解散。孤高の哲人は神智学協会を離れて講演活動を続け、世界中に学校を創設した。 ちょうど明治神宮や新宿御苑のような都会のオアシスには神智学生徒でなくとも中に入れる。門を潜ると中はひっそりと静まりかえった広い庭園で、人通りもまばら。樹木がうっそうと生い茂り、薄暗い。デリーやボンベイとは対照的にマドラスはのんびりした街で大きな街路樹が通りを覆い、緑豊かな印象を受けるが、それでもここに来るとほっとして息をゆっくり深く吸い込んでいるのに気づく。やはり町中ではどこか気が抜けないようだ。 園内では季節によって、歩く場所によって常に新たな発見があり、熱帯の樹木をひととおり見ることができる。たしかここのバニヤン樹はカルカッタ植物園に次ぐ大きさ。上の方の枝からずるずると気根を伸ばし、地面にたどり着くや否や地中に根を張り巡らして木に成長する。ちょうど苺がランナーを出して太郎株・次郎株ができるのに似ているがこっちは大木が増えていくので林のよう。 一休みにベンチに腰掛けようとしたら地面に何やら山珊瑚みたいな朱赤のビーズのような光ったものが落ちている。拾ってみると直径1cmくらいのレンズ形の豆。日本でも雑貨屋でラッキービーンズと称して売っていた豆が、首飾りの糸が切れてしまったようにたくさん散らばっている。植物を眺めて英気を養い、夕方のレッスンに臨む。 あとでこれを植物学者のヤダフ先生に見せたところ、「ははーん、ナンバンアカアズキか。ガムを宝石の接着に使うんだよ」と教えてくれた。え、これを宝石に?と思うくらい(実際ミャンマーや台湾では首飾りに使う)綺麗な豆だが、まさかはんだづけに使うとは。重さが常に一定で分銅に用いることも。これと指輪などを天秤にかけるのか? 面白い利用法に感心。この豆を食用にしているところもあるらしい。さらに樹皮は洗濯や洗髪に、葉の煎じた物はリューマチや通風に効果があるそうだ。 幼い頃母親を亡くしたクリシュナムルティはヒンドゥ教の僧侶であった父が神智学協会で職を得て一緒に連れてこられた。当時の写真を見る限り今の園内の様子は昔とそう変わらず、建物を取り囲む大きなブーゲンビリアは健在である。ここで指導者アニー・ベサントらが彼に西洋風の様々な教育を受けさせたが、彼は外で草木に囲まれてぽかんとしている方が楽しかったようだ。詰め込み式の教育よりも自然の美しさに触れるほうがずっと真実を見出せると述べている。小さい頃の彼も散歩したりこの豆を拾って兄弟達と遊んだのだろうかとしばし想いを馳せた。 |
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