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  2018/06/21 [木]   


地震前の金曜の夜、不安になって、「もっとわたしを大事にしてほしい」という気持ちから、いきなり攻撃的になった。 大事にしてほしいという謎の気持ちは、本能だったんだ。 犬が訴えるように吠えるとか、小動物が興奮して攻撃的になるとかいう前兆現象を読んだとき、身につまされた。今も考えてる。
(こんど同じように不安になったとき、見分けられるんだろうか。)

地震が多発する列島にたくさんの原発がある状況で、3・11以後もそれらが動いてる。 その事実は人々の中の安心を傷つけ、漠然とした不安を生み出してるのかもしれない。不安は人を結びつけるよりも「大事されたい、守ってほしい」という気持ちからのいらだちになって、人を攻撃的にしているのかも。

3・11の直後、街に流れていた「守ってあげたい」という曲を聴いたとき、ブラックジョークのような気がした。
「You don't have to worry, worry, 守ってあげたい あなたを苦しめる全てのことから 'Cause I love you」
もはや、どんな屈強な男もジェントルマンも、誰も守ることができないんだから。
いざ原発が事故を起こしてしまったら、誰も自分の愛する人を守れないし、誰かに守ってほしいと願ってもそれは無理なこと。
それが、わたしたちの現実になってしまった。かつてはロマンチックだった歌も、いまや苦笑を誘う。
このシニカルな状況に対応して、社会全体が年々殺伐としてきてる。

いろんな場所で、言い争いが続いている。知的なやりとりに見えて、実は、それぞれの悲鳴なのかもしれない。


  2018/06/13 [水]   


(豆料理クラブMLより)
■袴田さんの再審請求を退けた判決が一昨日出ました。
昨日の朝に新聞を隅から隅まで読んだのですが、読めば読むほど、かなしくなりました。
これだけ死刑判決に対して疑いが生じている中で、よく再審請求を退けたなあ。
しかも釈放の措置は続けてるということは、死刑に処するだけの自信というか根拠がないことも認めてるんじゃないか、、、。

京都シネマで今週土曜(16日)から『獄友』が公開されます。
全国でロードショー中。
http://www.gokutomo-movie.com/

袴田さんも出てきます。
「やってないのに、殺人犯。
人生のほとんどを
獄中で過ごした男たち。
彼らはいう。
『不運だったけど、不幸ではない』。」

一人でも多くの方に見ていただきたいです。
金聖雄さんのドキュメンタリー映画です。

■毎日めまぐるしいですね。
昨日は米朝会談があって、いろんなことを考えさせられました。韓国の大統領が果たした役割は大きかったと思います。その大統領を支持してきたのが韓国の国民でした。
脚光を浴びたふたりのトップ(トランプ大統領と金委員長)だけじゃなくて、平和への道を導いたたくさんの人たちがいたんだと思います。
市井の人たちの力があったんだと思います。


  2018/06/12 [火]   


「この『民主主義』の茶番性は、今日でもたとえば『主権者教育』ー『主権者たれ』と上から号令をかける教育ーにおいて反復されている。」(白井聡著『国体論 菊と星条旗』より)

国家主義を歌う若い人たちが現れている今、大人ができることは何か、考えなくちゃと思ってる。説教や号令じゃなく。

たぶん、その前提は、大人が主権をちゃんと行使してることだろうなあと思う。
わたしがわたしの王さまであるような生き方をしているということ。

主権を脅かすもの、自分を利用しようとするものに、距離をおくこと。相手の意図がどうであれ。(たとえ善意から出た申し出であっても、自分の主権が脅かされそうだと思ったら身を引くこと。)往々にしてわたしたちの自主性を奪う人は善意の顔をしている。
わたしもまた善意で人の主体性を奪わないこと。


  2018/06/08 [金]   


(豆料理クラブMLより)
外国に行くのは、少しでもいまの日本を外側から見たいから、という理由もあります。そのことに関連して、今回、2冊の本を持っていきました。
1冊は、白井聡さんの新刊、『国体論 菊と星条旗』です。今の日本の社会の欺瞞と衰えを見事に描き出しています。まだ3分の1しか読んでいないけど。

もう1冊は、河合隼雄さんの『母性社会日本の病理』です。古い本ですがとてもおもしろい。
少しFBに引用しました→https://www.facebook.com/rakutendo/posts/1651401268242229

日本人がなぜいつまでも大人になれないのか、ということを考えるのに、とても役立つ本です。
わたし自身、自分のこどもっぽさをいつも感じ続けてきました。だから、大人になるためのイニシエーションの重要さを書いたくだりなど、はっとさせられます。

この本を読みながら、今回、みなさんと旅行したことをふりかえって、わたしはこの7年で確実に成長したと思えたことがありました。

7年前のちょうど今ごろ、たみさんのおうちで豆ランチパーティーがあったのですが、その時に雑談でたみさんが、「ある人がわたしの前で見せる顔は、そう意図していなくても、わたしの前の顔。他の人の前では、別の顔がある。その別の顔を知ることはできない。自分にはひきだすことができないから。」ということを仰ったのです。

それは当たり前と言えば当たり前のことなのですが、たみさんのようにわたしはそのことをちゃんと理解していないというか受けとめることができないから、自分は子どもっぽいんだ!と思い当たりました。
人のことを理解したような気持ちにすぐなる。なんでもかんでも理解し合えると思ってしまう。
たみさんは大人だなあ、と思いました。

そして7年経ちました。7年経ってもますますだめなところはだめなままなんですが(旅行中も失敗だらけ)、上の点は、以前に比べたら格段と成長していました。河合隼雄さんの言葉で言ったら、母性原理からだいぶ自由になった気がします。
「他人」ということがだいぶわかるようになり、その「他人」を自分はずいぶんと尊重できるようになった気がします。
目の前にいる人が自分にとって理解し得ない他人であるとしても(それは今でも時に恐ろしいことなのですが)、そのことにあんまりおびやかされなくなった。
理解したり解釈したりして安心しようと思わなくなった。
理解できないままでも安心してつきあえるようになったというか。子どもに対してもです。

どうしてそんな風に成長できたかと考えるに、いろんな要因があるのだけど、ひとつはイニシエーションを経たということがあると思いました、河合隼雄さんの本を読んでそう思いました。

現代社会は社会の側が用意するイニシエーションがすくない社会なんだそうです。
だから、個人が自分でイニシエーションを設定する必要があるようです。「このことで自分は大人になろう」と決めてそれをやってみるということですね。もう50を過ぎていまだに大人になろうとしてるのは、裏を返せばそれだけ自分が子どもだと言うことですが、自分一人でこれはやりとげるという課題を決めて、それをやってみる、ということが今もまだ必要なんだという気がします。

特に女性にはそうだったんだなあと思います。日本社会で女性は半人前扱いされつづけてきた。男の子のように冒険できなかった。今の若者は違うかもしれないけれど、少なくともわたしと同世代の女性は多かれ少なかれ抑圧されて育った。
だからどうしても子どもっぽいんだと思います、日本女性は。それで冒険が必要なんだと思います。

男の人も子どもっぽい人が多いですね、わたしと同世代の人は。(政治家を見てるとそう思います。)抑圧は相互的だから、女の人をそれだけ子どもっぽい位置においてきた男性もまた子どもっぽいんだろうと思います。
とにかく気がついた方から自分を乗り越える冒険をして、一人一人が大人になっていく。それしかない気がします。

そうすることで他人を他人のまま尊重できる社会が作れる気がします。



  2018/06/06 [水]   


(豆料理クラブMLより)

■チーズを切って販売するのは管理のハードルが高くて、自分にはとてもできないのだけど、ホールのチーズを買ってきて販売するんだったら、できないかなあと思いました。
今回は、ひとつホールのチーズを買ってきたのだけど、やっぱりいい状態で持ち帰ることができました。
羊のチーズ。100%ローマ産の羊の乳のチーズで、ペコリーノロマーノの仲間ですが、料理用じゃなくて、テーブルで切って食べるのにふさわしいチーズです。
ローマの市場のチーズ屋さん(前回もここでカステロマーニョを買いました)がすすめてくれました。

チーズ料理の機会が少ない日本人には、こんなタイプのチーズは紹介しやすいかもしれない。

そして、今回、フィレンツェのジェームスさんに連れて行ってもらったトラットリアで4種類のチーズを食べたのですが(羊のチーズ2種、山羊のチーズ2種)、そのときに、ジャム(ジュレ)を2種類と、ハチミツ1種類が添えられていました。(ほか、ドライフルーツと固いくるみのパン。)

中でも、ヴィン・サントというトスカーナ地方の代表的なデザートワインで作られたジュレがすばらしくて、一つ持ち帰らせてもらいました。そのトラットリアの自家製のジュレです。

家に帰って、自分も家族も食べてみたのですが、わが家にあるチーズとは合わない。持ち帰ったイタリアの羊のチーズと合わせてこそ、すばらしくおいしいのです。
昨日の夜も今朝も食べました。

もし、羊のテーブルチーズと、このヴィン・サントのジュレをセットで買ってもらったら、フィレンツェの食卓が完璧に蘇ると思いました。
次回、トスカーナ地方に行くときは、羊のチーズとヴィン・サントのジュレの予約をとって行こうかな。

移動と保管ですが、真空の状態で持ち帰って、帰国したらすぐに袋から出して、チーズペーパーで包んで、冷蔵庫で保管する。それが一番いいかと今のところは思います。

■日本に戻ってきて、まず恋しくなるのはエスプレッソなのですが、それと同じくらい恋しくなるのは、お菓子です。
わたしは日本にいるときはコーヒーはほぼ飲まないし、甘いお菓子もほとんど買うことはないのだけど、イタリアでは毎日欠かせませんでした。

水が違うから、日本からおいしい茶葉を持っていっても紅茶は日本ほどおいしくいれることはできなくて、紅茶にはがっかりしてしまう。
一方、エスプレッソは、ほんとうにどんなバールに入っても、おいしいのです。
(スタッフの森に聞いたところ、イギリスでは水が軟水に近いのだそうです、場所にもよるんだそうですが。イギリスではだから紅茶が普及したのだと思います。
イタリアでは紅茶はまったく人気がありません。)

そして、小さいお菓子。1ユーロか2ユーロくらいの小さいお菓子が、バールやパスティチェリアで売られていて、それがまたおいしいのです。
帰ってきて、お菓子職人の人から、ヨーロッパの小麦粉で焼いたお菓子をもらって、その秘密がわかりました。
やっぱり、一番に粉がおいしいのだと思う。
そして二番目には、クリームがおいしいのです。生クリームも、カスタードクリームも。日本でクリームの類を食べると後で胸が悪くなるのは、添加物のせい?イタリアにいる間、お菓子を食べて気持ちが悪くなることがありませんでした。

イタリアの人たちは朝、甘いものを食べて、エスプレッソを飲むのだけど、それは大いなる文化だと思いました。

■もしフィレンツェに行かれることがあったら、町はずれ、ネッリ広場の角の小さな家族経営のパスティチェリアを訪ねてみてください。朝7時からあいていて、近所のおじいさん、子連れのお母さんたちが集まってくる。
飲み物はエスプレッソの一種類だけ。

1940年代の創業のアットホームなお菓子屋さんです。Buomamiciという名前。
https://twitter.com/chiakitakash…/status/1003319162360303616
生活に根ざしたお菓子屋さんです。

いま、ネットを検索したら、口コミサイトが出てきました。やっぱりとても高い評価です。わたしたちは全然知らないで入ったのだけど。
https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g187895-d58587…